★人と良好なコミュニケーションを図るためには、よく「想像力を働かせて」といいます。相手の立場で物事を考えることが大切ですが、では想像力を働かせた後には何が求められるでしょうか?
英語にエンパシーとシンパシーという言葉があります。語源をたどると、エンはinと同じで「中」、シンは「一緒」、そしてパシーは「感情」という意味。似たような言葉ですが、一般にエンパシーは「共感」、シンパシーは「同情」と訳します。
共感も同情も相手の気持ちを理解することに違いはありませんが、共感には未来を見据えた明るい姿勢が感じとれます。気持ちが双方向で前向きなのです。片や同情は、相手を思いやるものの、一方通行なイメージ。やはり仕事では共感し合える関係性を構築したいものです。
ちなみに、視覚や聴覚などの五感を使わずに気持ちを伝えるテレパシーという言葉がありますが、私たちがエンパシーを感じ合える関係を築く上では、五感を駆使すればするほど理解が深まるのは言うまでもありません。
今月のキーワード
人の歴史は変化の歴史といっても過言ではないでしょう。有史以来、人はあまたの変化を積み重ね、その時々の歴史を紡いできました。もし、あのときの○○が○○だったら、○○は○○になっていたかもしれない。過去に対して“もし”はご法度ですが、振り返れば無数の「変化の分岐点」があったはずです。そこで選ばれなかったものは表舞台に登場することなく消え去り、残ったものだけがその是非にかかわらず、歴史に刻まれるのです。
世界のターニングポイント
人々の営みに世界規模で劇的な変化をもたらしたのは、何といっても18世紀半ばから19世紀に起こった“産業革命(工業化)”です。蒸気機関の開発により工場制機械工業が成立、イギリスを皮切りにベルギー、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシア、日本で工業化が進んでいきました。蒸気船や鉄道の発明で人や物の流通が活発になったことも、後の大きな変化につながっています。
漱石の「内発的」と「外発的」
日本での大きな変化といえば、明治維新がまず挙げられるでしょう。
文豪・夏目漱石は明治44年の講演録『現代日本の開化』の中で、明治維新後の日本の急速な西洋化を指して「外からおっかぶさった他の力でやむを得ず」なされた開化である、としました。つまり、機が熟して内側から自然に発展していくような「内発的」開化ではなく、黒船など諸外国の外圧によってもたらされた「外発的」開化で、中身の伴わない上滑りの開化だと評したのです。
“開化”は知識が開けて文化が進歩するという意味ですが、ここでは“変化”と置き換えてもいいでしょう。
変化における内発性と外発性
17世紀フランスの哲学者であり、物理学者、思想家、数学者、キリスト教神学者、発明家、実業家と多才な顔を持つ、「人間は考える葦である」でも有名なブレーズ・パスカルの言葉です。
人生、思い通りに進むばかりではありません。心が折れそうなことがあってもネガティブな気持ちを引きずらず、「こんなときもある」と客観的に事態を捉えることが必要です。例えば仕事でミスをしても、次は同じミスをしないように気を付けよう!と気持ちを切り替える。後ろ向きな気持ちのままでは注意散漫になり、ミスを重ねてしまいかねません。また、適度に休むことも大切です。いったんその場から離れて頭と体を休めれば、全体を冷静に見渡すこともできるでしょう。
そして、いつ来るかもしれない「ひき汐」に対する準備だけは怠らないようにしたいものです。それは「日々の頑張り」に他なりません。普段から自負できるくらい努力していれば、一時は落ち込んだとしても、「こんなことでくじけない」と思えるはず。努力こそがひき汐に流されず、押しとどまる力になるのです。それでもつらく苦しい状況が続くようであれば、無理をせず誰かを頼ることも視野に入れておきましょう。
自著出版の準備として、晩年のパスカルが書き留めたメモを編纂した遺著。名言「人間は考える葦である」(断章347)をはじめ、哲学、神学、人生論など多岐にわたるテーマが断片的なつぶやきの中に凝縮されています。
人間についてシビアに突き詰めた思想の奥深さに圧倒される哲学書。
面白い話をしたつもりが、相手に「失笑」されてショックを受けるあなた。正しい意味を知れば、そんなに落ち込む必要はないかもしれません。
失笑とは思わず笑い出してしまうこと。例えば、厳粛な式典の最中に誰かが大きなオナラをしたら、プッと噴き出してしまうでしょう? こらえきれずについ出てしまう笑いが「失笑」なのです。「失」は「うっかり出てしまう」の意味。
ちなみに“あざ笑う・さげすんで笑う”のように、相手を見下した笑いを表すのは“冷笑”や“嘲笑”。紛らわしいですが「失笑」に相手をばかにするニュアンスはないのです。あなたの発言に「失笑」する人がいても、笑って許してあげてください。